川崎実 追悼号より抜粋

大阪わらじの会














I    遭難報告












はじめに

 

加藤 文彦

 

 川崎 実氏が2010年8月14日、白川又川本流ゴルジュにて亡くなり、早や1年が過ぎようとしている。私達はこの世に川崎さんが存在しないことを、今もなお実感として受け止めることが出来ないでいる。

 

 この冊子の主な目的は、各人がこの事故から学んだことを、今後の山行の安全対策に生かす為である。そして、「大阪わらじの会」における故人を追悼したい。

 

 大阪わらじの会にとって、1991年、八ヶ岳において遭難された山本泰彦氏の事故以来、21年ぶりに、再び起きてはならぬ事故が発生した。

1年あまりの時間を経て、事故を検証し、事故から学び、遭難の再発防止に役立てることが、「大阪わらじの会」の責務となった。そして、偉大な先輩であり、40年以上の長きに渡って沢登りに対して注いで来た情熱に敬意を表し、「大阪わらじの会」の川崎 実氏への鎮魂の文集としたい。

 

 

 事故は、家族、会員や友人に衝撃を与え、改めて「沢登りは危険である」という問いを突きつけることになった。

 

 「沢登りは危険」なのか?

 沢登りを愛好する者は常にそのジレンマに向き合っているが、登山というスポーツ自体に遭難の危険性は存在する。厳しい自然環境の中では、どんなに注意を払おうとも、一瞬の判断ミスや予測する事の出来ない事象が、取り返しのつかない重大な結果を招く可能性を常在させている。沢登りが、道の無い険しい自然環境へ分け入る登山形態であるが故に、一般の登山に比べ、よりリスクが高いのも事実である。一方で、そのリスクは低減できるものであり、それは能動的な準備(トレーニング)によって成され、経験の蓄積を始めとして、基礎体力、登攀能力、ルートファインディング、天気の予知、読図能力、生活技術の向上などにより、確実に遭難の危険を軽減することが出来る。過去の事故例から学び、各人が能動的な準備を実践することが沢登りを愛する者の課題ではないだろうか?

 

 2011年は、東北地方において大地震、津波、放射能汚染事故など大きな災害が起き、人間の自然に対する考えが根本から問われる年になった。

この大災害は、人間が自然に対する「畏敬」の念を失いつつあるのではないかという疑問を持つきっかけにもなった。

 畏敬とは,「敬う」という意味での尊重と,「恐れる」という意味での畏怖という両方の意味が含まれている。私達にとって自然とのかかわりを認識する方法が「沢登り」という方法でもあった。沢登りを通して、人間の軌跡の少ない原生的な渓谷の美しさに触れ,自らの人生を豊かにしてきた。

沢を通して自然を体験することで、自然との心のつながりと自然への対し方を学んだ。沢を通して人知を越えた存在に触れ、経験することにより自然に対する「畏敬」の念を持つことを知った。この大災害は、人間は様々な意味で有限なものであり,私達が生かされている環境もまた、有限であり、自然に対して謙虚であるべきという警鐘ではないだろうか?自然を畏れ、敬うこともまた「危険」を減らす一助になるような気がする。

 

 大阪わらじの会では、各人が改めて自己の「沢登り」ついて考え、事故を検証し反省し、改善を実行しようとしている。

 この追悼号を刊行するにあたり、追悼の意味とは、川崎さん個人の回顧に留まらず、この悲劇的な事故を再発防止という重い遺訓として受け止め、それを実践することが、残された者の川崎さんに対する追悼であると考えている。




目 次

 

I     遭難報告

 

はじめに......................................... 6

川崎実遭難事故報告書............................... 8

1 山行計画

2 装備及び服装

3 実際の行動

4 遭難状況の考察

参考資料

事故後の経過と大阪わらじの会の対応................. 17

捜索報告書....................................... 24

白川又川本流フジノトコより長淵上部まで下降

白川又川 大黒構谷ゴルジュ

遺体搬送の経緯................................... 31

大阪わらじの会としての問題点、今後の対応............ 34

1 単独行について

2 山行計画書の作成

3 事故時の連絡体制

4 事故への対応

5 遭難簡易報告について

会計報告........................................ 38

川崎実の山行歴................................... 39